↑応援していただける方、内容良かったら押してください。



↓応援していただける方、内容良かったら押してください。

にほんブログ村

2つあって恐縮です。

この期間正月を挟んでいており、実家に妻を連れていき、日本のささやかな正月
文化を紹介することができた。仕事柄年末年始も店は開いているので、新人の私
はもちろんシフトに組み込まれたが、2日に帰省ができたと思う。高速で片道2
時間ちょっとと近かったのもよかった。

お節料理や他の正月のごちそうに妻は終始感嘆を表していた。TV番組や町の雰
囲気もさぞかし異国情緒たっぷりだったかと思う。父も母も大歓迎をしてくれ
た。父は仕事で海外赴任を経験し、多くの国々に出張している経験から、外国人
の彼女を連れてきてもさほど驚かず、私がそれまで全く女っ気もなかったので、
むしろ喜んでくれた。母も同じだった。妹は視野が広い方で、同じく喜んで接し
てくれた。こういった家族の歓迎は妻を喜ばせたと思う。

仕事先は比較的年代が皆近く、雰囲気は良かった。集まりも多くあり、皆妻に興
味をもってくれ、毎回の集まりにも妻を連れていくことができた。

この期間は2人の同居を通してクラウド上では育たなかった絆が深まったと思う。

そして、またお別れの日。2人の中では3回目。朝一の新幹線で東京に向かう。
この日は母は仕事をオフにし、成田まで来てくれた。そして、セキュリティ
チェック前での再度の別れの瞬間。母がいたにも関わらず、地球の反対まで帰っ
てしまうほうが重大で、お互いハグをしてまた号泣。3回目といえど、慣れるも
のではない。見えなくなるまでお互い手を振っていた。

さっきまで隣にいた妻の姿がなく、においもない。哀愁に満たされ、気持ちは収
まらず、妻の飛行機が飛び立つのを見ようと決めた。母はせっかちだが、この時
は理解してくれたのか、一緒に最後までいてくれた。飛行機が離陸する時間まで
喫茶店で過ごした。

KLMの飛行機は外見シンプルではあるのだが、ブルーカラーが他社になく、空
路を走っているのが目立って見え、機体も大きく、優雅に飛び立っていった。
あぁ行ってしまった。母も同じことを隣で囁いていた。

東京で母と別れ、翌日仕事なので、そのままアパートへ帰った。

この期間に我々の将来についても話は進んだ。私が持病もちであったので、海外
にでるのはリスクがあり、生活基盤も私のほうが断然強かったので、成り行き上
日本がベースとなることが合意された。

さらに妻はこれ以上私と離れて暮らすのは精神的に辛いそうで、次はワーキング
ホリディビザを取って1年長期でくることを話してくれた。

国際結婚ができるかどうかについては多くの壁があるかと思うが、ひとつがこれ
だと思う。どちらの国に住むか。どちらの国を基盤とするか。現実的な事象が多く
あると思う。

イギリスから日本へのワーホリを取るのは当時ほとんど競争率がなく、貯金額さえ
満たせば簡単におりることが分かった。貯金のために妻はパートをみつけ働いた。
妻は早く日本に来たいがために、貯金額が満たない状態で、家族や友達からお金
を足りない分借りることができ、申請ができた。そして許可もイギリスという国にしては
早くでて、4月から来日ができるようになった。

私も心から喜んだ。