見えない霊的な世界においての勝利は、自分の努力では全然得られない。

得られる方法は、ただひとつ。信仰のみ。信仰とは、見えない物を信じる度合。

この見える世界は、肉的であるが、しかし、見えない霊的な力の方が実は強いことを、知らない人が
多い。

1ヨハネ5:14~15
何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いて下さると知れば、神に願ったそのことは、
すでにかなえられたと知るのです。

神様は、誰に対しても公平な方。神様は、全人間に恵みを与えたいし、喜んでほしいと考えられている。

普通の精神状態にある親であれば、同じ気持ちを子供に持っている。それは、神様がこの世界を神様と
同じように創られたから。

普通の精神状態にないことがあり得るのは、霊的に、この世界に、悪霊が働いているし、そもそも人間の中に
ある悪の心がそれに共振する。悪の心とは、アダムとイブの時代から今に至るまで、蓄積された罪の心。
これは、科学的に言えば、DNAに代々情報が蓄積されているのとほぼ同じであると最近考えている。
DNAには、最近の科学で、実は、情報を蓄積する役割ももっており、分かりやすく言えば、USBメモリ的なものも持ち合わせているみたい。情報量はすごいみたい。

悪霊は、この世界がだまされている、人間の霊ではない。元天使であった者たち。数千年も人間を観察しているし、働き実績を得ているから、彼らの力も年々人間に対し強く巧妙になっている。

ヨハネ16:4
求めなさい。そうすれば受けるのです。それはあなたがたの喜びが満ち満ちたものとなるためです。

ヤコブ4:2
あなたがたのものにならないのは、あなたがたが願わないからです。

マタイ7:7~8
求めなさい。そうすれば、見つかります。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば聞かれます。だれであれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。

この世界は、自分の努力により、自分の幸せが一番大切であるかのように教える。それが直接的に教えようが、間接的に教えようが、巧妙に遠回しにいろいろな要素を混ぜて教えていても、結局その結果は同じ、自分のため。ボランティアだって、結局、自分の達成感や良い心のため、という例が多い。

霊的な世界は全く違う。

それを、この世界全てを創られた神のために行うことを選択し、そして、自分を全く低くし、神様に願い、
乞い、神様の求められることを求めるか。