人は他人をよくさばく。

人の悪口を言うだけでなく、批評をしたり、ゴシップを言ったり、人のやっていることに対し、
自分の意見としてこうあるべきだと述べたり。

なんで、他人を尊敬し、自分とは違う存在として受け止め、他人の行いを尊重できないのか。

他人の考えや行いが自分に少なからず関係してくると、それが必要となる場面ももちろんある。

しかし、それとは関係ない場面で、さばくことは、次に関係すると思う。

自分の立ち位置を高くし自分のアイデンティティを守るためであったり、
自分のストレスを発散するためであったり、
相手の嫌がるところを喜ぶ変な欲があったり。

キリスト教の素晴らしい教えのひとつは、他人をさばかないこと、である。

この教えの土台に、この世の人間は皆、神に対しては罪のある有罪者であり、神の下では、皆平等で
あるからである。そして、その罪のある人間を、無罪にし、救いをもたらしたのが、イエスキリストなので
ある。だから、このイエス様による愛と恵みだけが、全ての人に与えられている唯一の救いなのである。

お互いの罪を裁き合うこと、お互いの悪い所を指摘し合って、それを直していくというよりも、
むしろ、愛をもって、お互いの弱いところを助け合い、その愛によって、
互いの関係や社会を良くしていこうという非常にポジティブなシステムなのである。

(あたりまえだけど)神の教えや考えは、我々人間が考えることなどよりはるかに超えておられ、
それを発見するたびに神の啓示として、心を強く揺さぶられる。