先週日曜日に、教会でバレンタインデーの特別礼拝があった。アメリカからの宣教師ご夫妻と娘家族宣教師の方が中心となって開かれている教会で、アメリカ人らしく節目の行事を大事にされており、今回もそのひとつ。

年間では、どちらの教会でも行われるであろうクリスマス礼拝やイースター礼拝だけでなく、父の日、母の日、感謝祭、夏の花火大会、なども行われる。飾り付けや教会内のデコレーションもその行事に合わせていくので、四季を大切に思う日本人にとっては、非常に楽しい。事前には、案内を近隣に数百枚配ったり、友達を誘ったりし、毎回違った方がご訪問される。

礼拝では、神様の愛の話がされた。人は神様に似て創造された。(姿でなく、心)私たちは生まれつきなぜか良い事悪い事の区別がついており、家族や友達や動物を愛することも備わっている。これは神様が愛であるから。ではなぜこの世界には悪いことがはびこっているのか。キリスト教の聖書には、それは人間が神を裏切ったことが始まりであり、その子孫である我々は皆神様から離れてしまっている。神様の愛を受ける権利がない。唯一神様との関係が保たれているユダヤ人種を除いて。(そのユダヤ人も虐殺とかありましたが、旧約をみると実は過去3000年以上の歴史の中で何回もあり、たいてい彼らも神様から離れようとすると罰が下っている)しかし、神様はこの世界を見捨ててはいなかった。いつか神様が造られた人間を神様のもとに取り戻すチャンスを作りたかった。しかし神様自身が作られたこの宇宙全体のルールに神様自身が違反はできない。そこで、そのルールに沿って、完全なストーリーが作られていき、結果としてイエスキリストがこの世に遣わされた。。。我々人間は神を裏切った子孫ゆえ、一人として完全な正しい人はいない。なので、死後天国にも行けない。神様から見れば、うそをついたり、心の中でちょっとでも人を憎んだり、約束を破ったり、自分のことだけを考えたり、、、こういったこの世界では法律に触れないことも、悪であるそうだ。イエスキリストは唯一それらの小さい悪もされなかった完全な義なる人。その方を人間の罪のために、当時ユダヤ人が罪を犯したら赦しを得るために純白の象徴である羊のいけにえを神へ捧げる必要があった。そしてイエスキリストは同じように人間全体の罪の赦しを得るためにささげられた。私達のために自分を犠牲にして最大の愛を示された。このイエスキリストを信じ、イエスキリストの命令されていることを実行するものが死後も神に裁かれず天国に行ける。(これがキリスト教の聖書に書かれているのだが、仏教や神道で育った日本人には分かり難いと思う。)

今回、長男の親友が来てくれて、大喜び。毎回食べ物がビュッフェ形式で準備され、デザートもたくさん。2人ともよく食べるが、今日は調子が悪いのか、2皿でオーバー。60を超えられたT兄弟がめずらしくチキンステーキをおかわりされ、長男に激励の言葉をかけていた。それでも長男は、立ち上がらなかった。後にあるケーキをたくさん食べるつもりなのだろうか。

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若宣教師ご家族が英語を教えられている2人の小さい娘さんがおられるご家族が来られ、長女も楽しく遊んでいた。長女は私の目からみると、いつも下っ端としてであり、この時は彼女たちよりも年上で、引っ張っているところがみれて、嬉しかった。



最後にゲームを3種類ほど行い、大人も子供も白熱した内容となり、私も久々に大声で子供に本気になってしまった。。。


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