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2つあって恐縮です。

長男が小学校を卒業した。身長はほぼ私と同じ。足のサイズは私より1cm大きくなってしまっている。
小学校から渡された健康カードの中にある、身長の3カ月毎にプロットされたデータを見てみると、角度のピークは5年生後半あたりで、ここ最近は落ち気味になっているのが分かったが、それでも、あと10cmは伸びるように捉えた。

先週は、教会で卒業を祝っていただいた。牧師先生から寿司のごちそうをいただき、兄弟姉妹からケーキや他の食べ物も準備して頂き、長男は喜んでいた。

昨日は、PTA地区での歓送迎会で、妻と男の子たちは出かけて行ったので、娘と2人で公園で遊んだ。その時、ふと、長男や次男が同じ年頃の時に、公園で遊んだ思い出が頭に浮かんだ。

夕方皆で近くをサイクリングしていると、うちの犬と仲の良かった大型の毛がふさふさのシェパードに出会った。うちの犬は、最近死んでしまって、その犬はなんでいないんだろうという仕草をしていた。その犬も白髪が増えて来て、年を感じた。

時の流れは、不思議だ。それぞれの人には、神様から生きる時が長かれ短かれ与えられている。神様に従っている人にとっては、謙遜に感じるし、神様に従ってない人にとっては、恐れとなり抵抗したいもの。

この宇宙には、人が想像もできないほどの広さと深さの空間、恒星、惑星があり、それらは、全て神様の存在を証するために造られたもの。夜の光を人に与えられたものとして造られたもの。今の世界の人は、宇宙人を探そうと躍起になっているが、見つかるわけがない。そんなの聖書のどこにも書かれていないから。

そして、死後人は、この宇宙とは別の霊の世界へと移る。そこは、この宇宙なんかよりもっともっと広大とのこと。

私達が考える必要がないということで、聖書に記載されてないと思うが、ふと考えてしまうのは、私という個人がこの時を歩んでいるのは、不思議で、この個人が今後永遠に存在していくことを考えると、それも不思議。神様はなぜ存在されているのか。神様はどのように存在されるようになったのか。すなわち、神様は誰が造ったのか。

最後に、聖書には、多くの人の頭の限界を超えることに対する答えは、ある。そのひとつは、私も時々励まされる。

へブル11:3
信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。




人は、神に似せて造られている。だから、究極にいうと、同じことをしていくことができる。人は、プログラミング言語により、ソフトウエアの中に、あらゆる世界を創造することができることは周知だ。子供が今夢中になっている世界の中にブロックでいろんな建物や場所を造っていくこともできる。今では、その世界に入り込む技術が研究されている。(脳とリンクさせる)